目 次
1. | どんなときに肝臓の手術をうけるの? |
2. | 肝臓の手術ってむずかしいの? |
3. | おなかの手術方法は?大きく2つ |
4. | 肝切除にはどちらがいいの? 開腹?腹腔鏡? |
5. | 開腹、腹腔鏡、私にはどちらが適しているの? |
6. | よい手術を受けるには? |
7. | 慶應病院の腹腔鏡下肝切除 |
肝臓は女性で約1kg、男性で約1.5kgの非常に大きな「肉の塊」で、中には血管が複雑に入り組んでいる複雑な臓器です。大きいだけあり生命の維持になくてはならない、数多くの臓器のなかでもより大切な臓器です。その臓器に「がん」ができたとき、それを切除することで根治できる可能性があれば切除を検討します。主な病名としては「肝がん=肝細胞癌」「胆管細胞がん=肝内胆管がん」「大腸癌など他のがんの肝臓転移」「肝門部胆管がん」などが挙げられます(図1)。
肝臓は複雑な臓器なので、できた腫瘍の「位置」によって手術の難易度が大きくかわります。なくてはならない臓器なので肝臓全部を切除することはできませんし、切除したあとの残した肝臓がきっちりと「生きて」くれないと術後、命にかかわる「合併症」に見舞われます。ポイントは「悪い部分をしっかり取って、なおかつできるだけ肝臓をしっかり残す」ことにあります。とても血流に富む臓器なので出血しやすいですし、肝臓のお肉の中に大切な血管が埋もれていますので、切除には肝臓に熟知した外科医の経験が必要になります。日本中の肝臓の手術件数は大腸がんの手術(全国で年間4万件)や胃がんの手術(全国で5万件)などにくらべて年間2万件と少ないのです。そしてできた病気の種類や場所によっておなじ肝切除でも術式がまちまちです。特に比較的大きな肝切除(区域切除以上)だと年間7000件程度と手術件数が極端に少ないため、相当数の肝臓手術を経験した外科医でなければ肝臓の手術は「慣れない」手術なのです。
たとえばおなかに悪性腫瘍(がん)ができた場合、ほとんどの場合、根本的に治す(根治)ために悪い部分を切除します。いわゆる外科的切除です。悪い部分をきれいに取り去り、かつ周りの他の臓器をできるだけ傷つけないで、あるいは切除したことで離れた臓器を繋ぐなど、手術で行うべきこと(手技)は決まっています。その決まった手技を「どの方法」で行うか、その方法が上記2つになります。歴史的に開発された順番に並べてありますが、重要なことは行うべき手技を安全、確実に行うためにどちらが適しているか、そしてそれが患者さんにどれだけメリットがあるか、それによって方法を決めることです。なお腹腔鏡下手術にはさらにロボットを用いた「ロボット支援手術」がありますが、現在、肝切除では保険適応外になります。
歴史的に遅れて登場した「腹腔鏡手術」が肝切除においてどのようなメリット・デメリットがあるかを開腹手術と比較してお話します。どちらの方法が適しているかは、このバランスで決まります。
肝臓の開腹手術は非常に大きな皮膚切開を必要とします。上腹部に縦と横で合わせて30cm以上の「大開腹」を必要とします。たとえ1cmの小さな腫瘍であっても手術中に大きな肝臓を全体にコントロールするにはそれだけの傷が必要になるのです。一方腹腔鏡下手術の場合は1cm程度の傷が4,5箇所、500gほどの大きな腫瘍を摘出するときでも比較的痛みを感じにくい+目立たない下腹部の5cm横切開でほとんどの腫瘍が摘出できます。明らかに傷が小さく痛みが少ないのがメリットです。(図2)
同じ手術であれば腹腔鏡手術のほうが出血を抑えられることが多いと報告されています。当科でも明らかに出血量を抑えることを証明しています(図3)。これは手術中のお腹の空間には「腹圧」がかかることでこれに止血効果があることと、腹腔鏡画像は拡大した鮮明な画像でありその結果、より丁寧な動作を行うことで出血を防げるなどと言われています。出血が少ないと手術を行うフィールド(術野)が血液で汚れないためさらに正確な手術が可能になります。
傷が小さいので早く歩けて、早く食事も再開できます。社会復帰へ要する時間も短くなる可能性があります。(図4)
開腹手術を受けると、おなかのなかには「癒着」がおこります。腹腔鏡手術では、この「癒着」をへらすことができます。よって今後またおなかの手術が必要となったとき(肝がんの再発や別のがんに罹ったとき)に次の手術に悪影響が圧倒的に減ります。
肝切除ではときに、肝動脈、門脈、肝静脈、下大静脈、胆管 などの「脈管」を一部切除してその後縫い合わせる(再建)ことがあります。これらの手技は非常に複雑であり腹腔鏡下で行うことが難しいとされています。また本邦では保険適応外でもあります。こういった手技が必要な手術には不向きでしょう。
同じ手術であれば、手術時間がほぼ同じかあるいは少し長くなるとされています。慶應の手術では大きな差はありませんでした(図4/上欄)。
先程「肝臓手術」には「慣れ」が必要とお話しましたが、「腹腔鏡下手術」にもかなりの「慣れ」が必要です。よって両者を兼ね備えた外科医や施設はそう多くはありません。古くから「肝臓外科医」は大きくおなかを開けて手術するものだ!という考えもあったため、腹腔鏡下手術の経験が後回しになっていた経緯もあります。特にがん専門病院でその傾向があります。腹腔鏡下手術の最大のデメリットかもしれませんし、個々の患者さんに対する術式の選択においては最大の理由であることも多いでしょう。
これまで説明しましたように肝臓外科手術で最も大切なことは「安全に・確実に悪い腫瘍を切除すること」です。肝切除はそもそも比較的難しい手術ですから、腹腔鏡手術によって安全性、確実性が少しでもかけるようであればそれを選択すべきではありません。その確実な判断によってどちらを選択するか決めることが大切です。
現時点では特に、外科医が「肝臓手術」と「腹腔鏡手術」のどちらかに慣れていなければ腹腔鏡下肝切除をおすすめできません。逆に腹腔鏡下手術のメリットを享受するには両者に精通した医療施設での治療をおすすめします。 主治医の先生とよく相談して納得の行く治療をお受けになることをおすすめします。
主治医の先生に病気のこと、手術のことを良く聞くことが大切です。肝切除はときに大きな手術になるので、その内容を良く聞いて理解しましょう。肝臓手術に慣れているかどうかの一つの指標が「日本肝胆膵外科学会高難度専門医(または指導医)」、そして内視鏡手術に慣れているかの指標が「日本内視鏡外科学会技術認定医(できれば肝臓・膵臓部門)」です(図5)。いずれも患者様が判断しにくいであろう外科医の技量・経験を示す専門医・認定医制度です。各学会HPで検索 できますし、各病院HPでも掲載されていることが多いです。
*参考-日本肝胆膵外科学会HP
*参考-日本内視鏡外科学会HP
慶應病院は腹腔鏡下肝切除を日本で2番目に施行しました(1994年)。以来日本だけでなく世界の腹腔鏡下肝切除のリーダーとして手術の確立、一般化に多くの結果を残してきました。慶應病院では年間140例程度の肝臓手術を施行していますがそのうち腹腔鏡下肝切除が保険適応である手術の約75%を腹腔鏡で行っています(図6)。そして過去400例の腹腔鏡下肝切除の周術期死亡はゼロでした。また肝胆膵外科高難度専門医と内視鏡外科学会技術認定医(肝膵)を持ち合わせたスタッフ(3名)が責任医として手術を施行する体制としています。肝臓グループ長の阿部は大学病院内の教育だけでなく、国内、海外の外科医に対して腹腔鏡下肝切除普及のためのセミナー、ワークショップを講師として活動しています。慶應病院で実際に行われる腹腔鏡下肝切除の見学希望があり国内海外の肝臓外科医を受け入れています。ときに手術前に患者様にその旨をご了解いただくことがあります。
肝胆膵・移植班
〒160-8582 東京都新宿区信濃町35番地
03-3353-1211(代表)
Copyright © 2014-2024. 慶應義塾大学医学部 一般・消化器外科 肝胆膵・移植班. All Rights Reserved Worldwide.